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名古屋地方裁判所 昭和36年(行モ)3号 決定

申立人 中島次男

相手方 国

主文

本件申立はこれを却下する。

申立費用は申立人の負担とする。

理由

(本件申立の趣旨)

相手方国の申立人に対する、名古屋高等裁判所が昭和三三年一二月二三日申立人に対し言渡し昭和三四年一月二八日確定した「被告人を死刑に処する」との刑事判決の執行を、名古屋地方裁判所昭和三六年(行)第二七号検察官の死刑執行処分に対する異議申立受理確認請求事件の本案判決があるまで停止する。

との裁判を求める。

(本件申立の理由)

申立人は昭和三六年七月一一日名古屋高等裁判所に対し請求の趣旨、原因を別紙記載のとおりとする検察官の死刑執行処分に対する異議申立受理確認の訴を提起したところ、同裁判所は同月二〇日これを名古屋地方裁判所に移送する旨の決定をなしたため、右訴訟事件は現在当裁判所に係属しているが、右事件の本案判決のなされる以前において、法務大臣が申立人に対し死刑の執行命令を発し、これが執行終了に至るならば、申立人に償うことのできない損害が生ずること明らかであり、これを避ける緊急の必要があるので、申立人は行政事件訴訟特例法第一〇条に基き、申立の趣旨記載の如き裁判を求めるため、本申立に及ぶ次第である。

(当裁判所の判断)

本件の本案訴訟における請求の趣旨、原因は別紙記載のとおりであるが、申立人が右本案において申立てゝいる裁判の趣旨はこれを要約すると、次のとおりになる。

申立人は昭和三四年一月二八日申立人に対する死刑の判決が確定し、現在死刑の執行を待つ身であるが、刑事訴訟法第五〇二条は裁判の執行を受ける者は執行に関し検察官のした処分を不当とするときは言渡をした裁判所に対し異議を申立てうることを明定しているので、右規定の解釈上、当然、申立人は申立人に対する法務大臣の死刑執行の命令若くは検察官の死刑執行指揮があれば、直ちにその処分に対し異議の申立ができる理であるところ、死刑執行の場合、現実には、受執行者がその執行指揮処分のあつたことを知るのは執行当日、それも執行直前刑場内の仏間においてであり、その時はじめて前記法条の規定に基いて異議申立を提起できることになるわけであるが、そのような状況下に申立人が右の異議申立を提起した場合、果して執行指揮に当る検察官は直ちに刑の執行を中止し、異議申立の審理の結果が判明するまでその執行を停止する措置に出るかどうか。若し、当該検察官が右の措置をとらず、申立人がそのまゝ刑の執行をされ、生命を断たれてしまうときは、異議申立の審理の結果がわからないばかりでなく、それが申立人にとつて有利な裁判となつた場合には、全く償うことのできない損害を受けるわけであり、これより重大な問題はない。してみれば、執行指揮に当る検察官は申立人が刑事訴訟法第五〇二条に基いて異議の申立をした場合には死刑執行処分を停止すべきことを予め知つていなければ、申立人は直ちに刑を執行される虞れが充分にあり、それを避ける緊急の必要があるので、「相手方国は、申立人に対し死刑執行の命令若くは執行指揮があつた旨申渡したのに対して、申立人が刑事訴訟法第五〇二条に基きこれが異議申立を提起したときは、執行指揮に当る検察官において直ちに死刑執行指揮処分を停止し、申立人が死刑執行を受ける義務を負わないことを確認する。」との裁判を求めるというにある。

以上のとおり申立人が本訴において求める裁判は要するに、相手方において将来なされるであろう死刑執行命令若くは死刑執行指揮に対し、これ又将来申立人において提起するであろう異議の申立があつた場合には、相手方は死刑執行を停止するとともに、申立人が死刑執行を受ける義務を負わないことの確認を求めるものであるに帰するところ、わが民事訴訟法上、原則として、条件の成就によつて将来発生し、招来される法律関係を現在形成乃至確認する判決はこれをなしえないばかりでなく、死刑に処すべきことを命ずる判決並びにその執行は刑法乃至刑事訴訟法に則りなさるべく、その手続、方法に関する限りは同法律の規定するところであることはいうまでもなく、申立人が本訴において求める死刑を言渡す刑事判決の取消、変更(死刑受執行義務不存在確認は実質上かゝる結果をきたす)並びに死刑執行停止の裁判はこれを刑事訴訟手続によつて得べきであつて、申立人所論のような損害や緊急性があるとしても、少なくとも本訴の如き行政事件訴訟をもつてしては、これを求めることは許されないものという外はない。

それ故、本件の本案訴訟は申立人の主張自体から不適法と断ぜざるをえず、その訴は却下を免れない。

してみれば、右のとおり本案訴訟が到底容認できないことが明らかである以上、それを前提とし且つそれの付随的手続である行政処分の執行停止命令を求める本件申立も、その余の点につき判断するまでもなく、失当として却下する外なく、申立費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 杉浦龍二郎)

(別紙省略)

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